越後屋、おぬしも悪よのう~!

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例えばタクシーのシートベルト。法律は出来ましたが捕まった人はいません。だからといって、もしもあなたが捕まった時に「誰も捕まってないじゃないか!」「何で私だけなんだ?」といっても無駄。

何故って?法律がそうなっているんだから。法律がきちんと執行されただけなんだから。捕まって当然、それが法治国家というもんです。そんなこと言ってると逆に「法律を犯しといて何言ってんだか」とあなたが世間から白い目で見られますよ。世間もその方が面白いから。

今まで捕まえなかったのは警察の判断。今回捕まえるのも警察の判断。警察がいつ誰を捕まえることにしてもそれは法律に則って職務を執行しただけのこと。誰からも非難されるいわれの無い全くもって正しい行動です。

士農工商時代から一緒。お役人の胸三寸お目溢しも出来るし斬捨て御免も自由。ちょっと言い過ぎ。反省!

「越後屋、おぬしも悪よのう~!」「そういうお代官様こそ!」「あれ~っ!」ってか?これが分かる世代は私より上でしょうね。

そこにお役人の思惑、例えば「利害関係」「自身の保身」「身内の要請」「組織の論理」「好き嫌い」もしくは「高い理念」などが有ったとしても無かったとしてもそんなことは全く無関係。これが許認可権、裁量権というお役人に許された特権です。これがある以上お役人に歯向かって勝てる人はいません。個人でも企業でも。

う~ん、でもやっぱり何となくしっくりしませんねえ~。あなたのいう通り「何で私だけなんだ?」という点。他人ごとだったら笑ってられますが、もし自分の身に降りかかったら少なからずムッとしそうです。

そんな漠然とした不公平感を感じることについて、
・何が問題なのか?⇒ 同じ罪を犯しながら咎められる人と咎められない人がいること。しかもそれがお役人の裁量によって決められること。
・その原因は?⇒ お役人にそれを決める裁量権があること。もしくは不公平な裁量がまかり通ること。
・では解決策は?⇒ 裁量権をなくすこと。もしくはそのような不公平な裁量をしたお役人を罰すること。

そういうルールを作る、それが「立法」の役割です。法にてらして罰するものは罰する。しかし公平に。

自分の土俵で勝負する、これが勝負の鉄則。既に決まっている法律を遵守執行するのは「司法」の土俵。その法律を作る、もしくは改定するのは「立法」の土俵。さてだれがどっちの土俵で勝負するのか。私としては「刺し違えて共倒れ」も期待したりして。

ところで何の話かな?

【1/26追記】こんなの見つけました。ところで何の話かな?

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