被爆回避 私の対応

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被爆を避けるために私がしたこと・・・。スルーして下さい。ブログの趣旨と違うし無駄に長文なんで。単に備忘録的に残しておきたいと思っただけですから。

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福島第一原発1号機が水素爆発を起こしたのが震災翌日の3月12日(土)午後3時30分。その2時間後には荷物をまとめて新幹線に飛び乗ってました。関西に避難です。

3月14日(月)午前11時、3号機が核?爆発。その結果として東京に放射能の塵が降ったのが翌日の3月15日(火)。世界基準と同様に国内法でも定められた許容される放射線量は年間1ミリシーベルト以下。それを大幅に上回る年間53ミリシーベルトに相当(概算)する放射能が東京を襲いました。

1年は52週、つまり53ミリシーベルトとは1週間その中で生活したら既に年間の許容限界。残りの51週を全く放射能のないところで過ごさなければ健康を害する可能性がある、そんな量の放射能が塵として降ったわけです。

後で判ったこの事実、即時避難という私の判断は正しかった。こんなことが出来るのも早期リタイアの身軽さのおかげです。でも決断力も必要でした。出来るのにしなかった人も一杯いたわけですから。人の事は良しとして大いに自己満足しています。

少し状況が見えてきた3月26日(土)、避難から2週間経ってマスクに身を固め帰京。早速、マンションのドア、窓、換気扇、換気口、エアコンのダクトをテープで完全にシールド。ベランダの塵を高圧洗浄機で洗浄。室内を雑巾と粘着テープで清掃。花粉用の空気清浄機2台をフル稼働。

そうした上で一週間ほど自宅で引きこもり生活。以前から災害用に備蓄してあった水や食料が役立ちました。調理にはミネラルウォーター、洗顔・入浴には2週間以上溜め置いた水道水。

ぼちぼち外出を始めだしたのが4月の初旬。その後改めて2週間、今度は南九州に避難。帰宅してから数日、やっとマンションのシールドを外して部屋に風を入れたのが4月の最終日です。

通算1ヶ月半ここまでやりました。一部は今も継続中。

中途半端ならやらない方がマシ、どうせやるなら徹底的に。遊び感覚のこんな私の性格は異常で偏執的なんでしょうがそのお陰で被爆量は極端に少なくて済んだはず。被爆は足し算だからこのあと多少被爆しても大丈夫、ということで今は普段通り外出も外食(産地の分からない食材)もしています。

それでも外出時には風向と風速を調べるし歩く場所(吹き溜まりや植物の多い場所等を避ける)にも気をつけてます。また食材を買うときは徹底して産地確認をしています。手に入る食材の種類が減って不自由してますが。

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こういう話しをすると「気に食わない」「ムカつく」っていう人が多いんでしょう。「したくても出来ない人がいるんだよ」「被災地は大変なんだから」「自分だけよくそんな事が出来るね」「ボランティアに行ってる人も大勢いるのに」「身勝手なヤローだな」云々。

分かってます。例えば避難所として提供された温泉旅館に自分だけ行くのは悪いということで誰も行かなかったという日本人のメンタリティー。涙が出ます。私も演歌が好きな日本人ですから(やり方があっただろうとは思いますが)。でも同様に日本を離れていった外国人や海外に避難した日本人のことも私は否定しません。個々の判断ですから。

逆に私は最近のイベントの様に何かにつけて復興支援を掲げることが当たり前だと考えるメンタリティーには同調出来ません。日本人なら必ずそうあるはずだという観念もしくは無意識の意識で他者の行動を判断規制するべきでないと考えるからです。

学校で災害募金を募って応じなかった生徒の名前を発表した先生が叩かれてました。そんなのは論外として、もし応じなかった理由が既に他で寄付したからではなく被災者には寄付したくないからだったら日本人的にはどういう反応になるんでしょう。私はそれでも否定しません。個々の判断ですから。

場面によって心情や思いが優先することもあるでしょう。でもそれは決して単一ではないしそれ以上に信条は人それそれです。

私はそのことを認識し理解することの方がよほど本当の意味での他者への思いやりにつながると考えます。

私の信条、それは自己責任・自己完結です。誰に何を言われたからでもなく自分で決めて実行する、その結果は誰のせいでもなく全て自分の責任。他者に迷惑を掛けることでない限りは好きなようにやれば良い。一般的にはこんな無感情なロジックの固まりのような考え方は受け入れられない様ですが。

ちなみに「身勝手」という言葉に対する私の印象は「皆んなと同じじゃないといけないよ」と言われているように聞こえます。でも「皆んなと同じじゃつまらないよ」というのが私の感性です。

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話しは変わって今回のことから日本における特に緊急時のサバイバルのポイントを3つ。行政がいわゆる本来の存在意義通りの機能を果たしていれば必要の無いことですが。

 その1.情報は自分で取りに行き精査して自分で見極める。
 その2.何をすべきかという目標とそのプライオリティを自ら決める。
 その3.自身の判断でタイムリーに行動する。

奇しくも昨日起こった北海道のトンネル内での鉄道火災事故が典型です。煙の中で30分も大人しく指示を待っていたことがまずは驚きですが最後には乗客自らの判断で脱出したこと。死者を出さずに済みました。

上の3つが日本でのサバイバルのポイントになると考えた背景事象をいくつか。

私が変質的に行なった被爆回避の行動でもその後の情報からすると完璧ではなかったという事実。チェルノブイリ事故の時には日本でも風向きとか放射能の雨とかの予報が出ていたはずなのに今回は出てこないという事実。

外国人の国外退去は風評でもなんでもなくそれぞれの政府がその時点の情報を基に最悪のケースを想定してなされた退去勧告だったという事実。それが日本では日本人に対してなされなかったという事実。

パニックを起こすから情報を隠すという考え方が正当化されているという事実。閣僚や芸能人が野菜を食べることがその安全性をアピールするのに効果的だと考えられているという事実。

出された情報の背景や根拠を知れば知るほど発信者の意図や作為が見えてくるという事実。勝手に基準値を変えてまで今現在も子供に無用な被爆をさせているという事実。

既存メディアが今だに東電の発表や官僚からのリーク情報を精査もせず垂れ流しているという事実。大口スポンサーの意向を窺って報道しているという事実。記者グラブというお仲間組織にどっぷりと浸かり「情報は与えて貰うのが当たり前」、それを「取材」と称して「自ら足で稼ぐ」ことを忘れてしまっているという事実。

避難所にはプライバシーが無いと報道しているメディア自身が避難所に詰めているという事実。避難所での芸能人のボランティア活動?の報道を皆が喜んで見ているという事実。

たまに行政から方針や通達が出たとしても例えば福島の健康被害(疫学)調査のように被災者のためではなく発信者の研究目的と思われるケースがあるという事実。行政の中に火事場太りを目論む輩がいるという事実。

緊急時ほど自分の身は自分で守らざるを得ないという事実。誰かの指示に従ったとしてもあるいは多数に追従したとしてもその結果を否応なく被るのは結局自分だという事実。

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最後にアンタッチャブルな問題提起を1つ。

福島原発事故から1ヶ月半経った4月24日、統一地方選挙があり敦賀原発を抱える敦賀市では原発推進派の現職が当選しました。民意です。なんの問題でもありません。有権者は安全よりも雇用・交付金・電気料金値引、関西電力の地元行事への協賛金、各種イベントへの招待などに重きを置いたわけです。

また浜岡原発の停止が決まったとき地元が納得する条件として交付金の継続が決まりました。これも理解できます。前の選挙での民意は敦賀と同じだったのにもかかわらず外圧でその前提が覆されたのですから(次回は違うと思いますが)。

さてここでアンタッチャブルな問題提起です。今回の福島のような人災が起こったとき、敦賀市や浜岡市の住民のように自分の意志で利益を得ることを良しとし実際にそれを享受してきた住民と、その周辺地区でなんの利益享受もなく否応無しに人災の被害だけ被った住民に対する保障が同じでいいのですか?

利益享受という選択をした民意を批判するつもりはありません。ただそういった利益を享受する以上当然それに付随するリスクを併せて負うべきだと考えます。当たり前の話しですが震災の保障とは別の次元です(わざわさこんな但し書きを書く私もいい加減日和見ですが)。

しかし今それ以上のことが既に起こりつついます。政府が東電の国有化を否定したことさらに債権者保護を打ち出したことです。資本主義を根幹から覆してしまいました。どの組織が東電社債をどれだけ保有しているのかどの銀行が東電にどれだけ融資しているのか知りませんがもう何でもありの様相です。海外がどう見ているか。昨日の白川日銀総裁の講演からもその種の危惧が感じ取れます。

ちなみに絶対に国有化(破産)されず水とともに究極のライフラインである電気を独占している民間企業、その株価が破格の安値の今、私がどこか裕福な国の財務担当だったら徹底的に買い占めて筆頭株主を目指します。抱え込んだ保障金なんて電気料金を上げれば済みですから。やろうと思えば出来るのが現状です。持ち合い?いつまで続けるのやら。

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長々と書いてきました。語弊があるかもしれませんが原発事故さえ無ければ日本は世界中の人が憧れる国だったでしょう。それを思うと残念でなりません。

こんな状況を招いた人間達、私なんかはどうでも良いですが、直接この人災で有形無形の被害を被って苦しんでいる人々に対して真摯に謝罪し責任を負うべきです。

もしもこの上、6月の「もんじゅ」とかその他の原子力施設で同じ様な問題を起こしたらもう人間ではありません。今は昔と違って誰が何を言ってどんな行動をしたかが動画などのデジタルデータで残すことが出来る時代です。その事実に基づいて日本の歴史上類を見ない悪行を働いた国賊として未来永劫汚名を残すべき人間達だと思います。

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今、子供を抱えたお母さん達を中心に若い世代が自らの意思で放射能と戦ってます。書店でも原発絡みの本が数多く平積みされていてノイズが高まっています。

危機に際して無能な行政やこんな日本を作ってきたお年寄り、お願いですからせめて若い世代を邪魔しないで欲しいと切に思います。既に被爆してしまった多くの子供達の未来のために。



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この記事へのコメント

知明
2011年05月31日 08:19
一番最後の文章、あれまったく同感です。
この国の行く末は若い人たちに決めさせないと。
近視眼で政治好きのご高齢にはうんざりだ。

でも放射能から徹底した回避行動されましたね、脱帽ものですが、その性格は放射線技師むきではないようです。
フリーランス
2011年05月31日 08:56
知明さん。おはようごさいます。
よくお分かりですね。仰る通り研究者とか技師向きではありません。現場で突っ走るタイプです。半分ゲーム感覚ですけど。仕事を間違えなくて良かった。ハッハッハッ!

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