閾値を超えたあと(2)

画像


前回の要約から。 ⇒ 前回へ

え~っと、まずはそもそも今の日本人に「怒りの閾値」ってあるの?っていう疑問から。何故なら一見自由の様で見事に管理された一億総草食系の世の中だから(昔、B級SF映画でそんなんがあったな~)。

万が一閾値があるとして、もしそれを超えたらどうするの?ひょっとして何していいか分かんなくて結局何もしないのでは?っていうのがそのつづき。

一般論で言えば、弱者が圧倒的強者に立ち向かうときの戦略は「一点突破全面展開」と「数はチカラ」のふたつ。つまり、強力なリーダーシップのもと統制のとれた徒党を組み一つの課題に短期集中して取り組むこと、なんだけど。

所詮それは一般論。具体的に何をすべきか、って?それは「怒りの閾値を超えた」人がそれぞれ考えてちょうだい!という誠に無責任な終わり方したのが前回です。

 ☆

その後、改めて我が身を振り返り思い当たったことをつけ足すと、「閾値を超えない」「超えたとして行動しない」理由に、批評家・評論家・傍観者っていう立ち位置に慣れちゃった、あるいはそんな立ち位置でいられる程度の怒りだったっていうのもありそうです。

私と同じく「ところで、あんた何すんの?」って聞かれると弱い人が多そうですから(Aさん側にいる人にはハナから関係の無いお話ですが)。

ということで、本来ならばここから具体的な行動は?って自説を述べるべきなんでしょうが、休むに似たり的にいろいろ考えた結果、柄にも無く政治色が強くなりそうなんでこんなとこにしときます。あしからず。

まあ、自身が強力なリーダーシップを発揮して他者を集団として動かすことが出来れば最高。もしくは、同じ思いを持ち強力なリーダーシップを備えた人を見つけ、批評家・評論家・傍観者にならず、その人の全てを許容するレベルで支持・支援すること、なんて面白そうですけど(そんな人が現れたらのお話)。

 ☆

尻切れトンボ(んっ?考えてみたら残酷な)をご容赦頂くとして、勝手に次の話題へ。ものの考え方って大事だよね、っていうお話。先の批評家・評論家・傍観者で思いついたんですが、世の中いかにも簡単に「解決策」を述べる人が多すぎるように思うんで。

ロジカルシンキング、シックスシグマ的にいうと、何が問題かがキチンと定義されていて、その問題を起こしている根本原因が正しく理解されてさえいれば、解決策なんて黙ってても自ずから決まるもの。

裏返せば、問題や原因がはっきりしてないのに解決策の是非を議論するなんて文字通り無駄。リソース(人・物・金・時間)の不毛な浪費です。

例えば、「デートに遅れそう」という事例。まずは問題をキチンと定義しましょう。この場合、真の問題は「デートに遅れる」ことではなく、「彼女にイヤな思いをさせる」こと。「デートに遅れる」のは「彼女がイヤな思いをする」ひとつの原因でしかありません。もし遅れても彼女がイヤな思いをしないのなら別に遅れたってどうってこと無いわけで。

次に原因。「彼女がイヤな思いをする」原因は?まずは「待ち合わせに遅れる」こと。それをさらに深堀りすると「仕事が伸びた」「電車が遅れてる」「時計が止まって時間が分からない」「待ち合わせ場所が見つからない」などなど。

別の切り口から考えると、「彼女が私のことを絶対に遅れない人間だと思っているから」なんてのもあったりして。いつも遅れてたらそんなに怒りませんから!?

さて、今の世の中、多くの人が「デートに遅れそう」と聞いただけで「電話しろ」とか「タクシーに乗れ」とか勝手な解決策を述べてます。「絶対こうだ!」なんて青筋立てて。でも、もし原因が「交通事故で意識不明」だったとしたら、それは全く無意味な議論です。

 ☆

こうやって考えるとそんなの当たり前だと思うでしょ?ところがね~!

具体例、昨今話題の消費税。増税が先か無駄の削減が先かなんてやってますが、そんなのは社会保障問題に関して色々考えられる解決策の中のひとつ、っていうか本当にそうなのかどうかも分からない状態。だって、そもそも社会保障の何が問題なのか定義されていないんだから。

敢えて言わせて頂きますが、社会保障の何が問題なんですか?それを少なくとも過半数の国民が同じ定義で理解してますか?そもそもそんな定義を見たことがありますか?それぞれの個人的な理解はかえって邪魔ですし。

少子高齢化、年金制度の崩壊、税収の減少、医療給付の削減、最低所得保証の崩壊、etc。聞けば聞くほどキーワードもどき?がいろいろ出てきますが、具体的に社会保障の何が真の問題なのか、残念ながらお偉い方々からその定義を聞いた記憶がありません。

私のつたない知識では、社会保障の具体的な「あるべき姿」が決まっていない限り現状に問題があるかどうかの評価すら出来ないはずです。極端な話、社会保障なんていらないってのが「あるべき姿」だとすれば、逆に「税金取り過ぎ!」ってわけですから。それと、そのあるべき姿を決めるのは国民ですし。

 ☆

でも、日本人は苦手ですよね、論理的思考。鬱陶しいヤツ、ぐらいの感じ?それだけでも世の中変わると思うんですけど。既存メディアの報道がウサン臭く感じられるようになったりして。

まあ、ひょとしたら大多数の日本人は変わらないことを望んているのかもしれません。私は次世代のために変えたほうが良いと思いますが。

結局、政治色の強い話になっちゃいました。似合わない?ヤメときゃ良かった!ハッハッハッ!


⇒ 前回はこちらから


画像

画像

画像画像画像

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

ナイス

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック