意見を持つ習慣

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久しぶりに青臭い話しで友人と盛り上がりました。人生とは?仕事とは?なんて。居酒屋での酔っ払い同士の戯言ですけど。でも、この齢でこんな話しで盛り上がれるってオレもまだ若いな~!?

いやいや楽しかった。何がって、唐突に「信条は?」とか「宗教観は?」なんてフラれても自身の思いを理路整然と語ることができたこと。さらに相手がそれを納得してくれたこと。まあ多少は独りよがりだったのかもしれませんが。

さて、いつ頃から身についたのか、何事にも「自身の意見を持つ」という習慣。事実に基づいて考察し、論理的な裏付けのある意見としてまとめ、論点を整理し、説得力のある見解としていつでも語ることが出来るように準備をしておくこと。

言葉で書くと仰々しい様ですが、仕事の場面ではよくありますよね、「これってどう思う?」「あなたならどうする?」「その根拠は?」なんて。しかも語った意見が受け入れられ実行されてこそ初めて成果。求められるのはその成果です。

ということで、こういう習慣ってやっぱり仕事を通じて会得することが多いんでしょうね。緊張感が違いますから。いや~仕事って本当に人を成長させます。私が今更いうのもなんですけど。

ところで、銀座とか新橋あたりを散歩していると良くTVのインタビューを見かけます。でも私は一度もマイクを向けられたことがありません。なぜなら「こっちに来るな!オーラ」を必死に出してますから。唐突に質問されても的確に答えられる自信が無いもんで。

既に考えがまとまっている想定内?の質問、例えば旬なところでは円高やタバコの増税などに関するインタビューなら「まかせておけ!」ですが、想定外の質問、つまりまだ考えがまとまっていないことについて聞かれると狼狽えるばかりです。

「手札」の範囲のことしか語れない、これが「論理的に考えて自身の意見を持つ」ことの欠点なのかも。まあ、考えもなく取り敢えず脊髄反射で喋ってる人よりは良いと思いますが。

そこで思うのが「手札を増やさないといけないな~」ということ。「手札の多さが人の幅」の様な気がします。

でも、私はリタイアの身。物事をそんなに深く考える必要もない、仕事じゃないんだから意見をまとめなくてもいい、間違っていても別に構わない、期限も無い。早期リタイアで失うもの、それは”緊張感”と”達成意欲”ですか?

その意味でこのブログ、私自身には役立ってます。こんな雑文でもそれなりに考えないと書けないので。読まされる人にはハタ迷惑なんでしょうが、これからもナナメ読みで宜しく!ハッハッハッ!


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